2026.07.06/blog
高松市小村町で歴史を感じる
こんにちは。営業の新沢です。
先日、造成中の分譲地 “ルーツガーデン小村” の現地確認に行った際、
道端に石碑がある事に気づきました。

そこには、小村田之助 碑と記されています。
恥ずかしながら存じ上げない方だったので、
横にあった説明書きを読むと・・・

義民 小村田之助の事績
小村田之助は寛永元年(1624年)山田郡小村に生まれ、
19歳のときに病身の父親から政所(=いわゆる庄屋)を継いだ。
翌年の寛永20年(1643)の夏は、餓死者が出るほどの
大干ばつが起こり、年貢を納められない村民が多かった。
田之助は悲嘆の涙に暮れる村民を救うため年貢の分納を、
完納できないときは私財を投じて責任を果たす条件をつけて
藩庁に請願した。藩吏は窮状を察して許可したが、
藩主の小姓の大村弥蔵が悪例を残すと言って反対し、
寛永二一年(一六四四)四月二四日に斬首の刑に処せられた。
藩主は処刑の停止の急使を遣わしたが間に合わなかった。
しかし田之助の死は無駄ではなく、高松藩ではその後、
毎年11月に8割・6月に2割の分納が認められた。
(現地看板より)
地元の人々のために動いたすばらしい功績が記されています。
高松市木太町には処刑跡があり、そこにも石碑があるようです。
現地看板には記載がなかったのですが、藩主松平頼重が
急使を遣わした際、白旗を振って処刑を止めようとしたが、
処刑人は「急げという合図だ!」と捉えてしまったとか…。
この白旗を振ったところにできたのが “白旗神社” である
と言われています。
真偽は不明ですが、小村田之助の処刑を悲しみ、
後世に伝えようとしたのでしょう。
なんだか重い内容になってしまいましたが・・・
私の好きな四文字熟語の一つが “温故知新”です。
昔の事実や古い教えを調べ(「温故」)、
そこから新しい知識や見解を得ること(「知新」)
を意味します。過去の経験や歴史を学び直し、
現代や未来の課題解決に活かす姿勢を表す言葉です。
小村田之助さんの話しは 400年も前の事ですが、
何かのヒント、気づきになればと思います。
それではまた。
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